彼女の妄想

彼女は壁に直面していた。そして彼女は妄想していた。

壁の向こうの世界はどんなふうであるか,と。

特に何を考えるということでなく,彼女はマンションの屋上にのぼり,給水塔の近くに座り,風に吹かれ,妄想した。

ふと見た夕焼け空は彼女にとってとても美しく見えた。この夕焼け雲にのってどこかへいければいいなと彼女は思った。

気が付くと,風は優しく彼女を包み込んでいた。この風に乗ってどこかへいければいいなと彼女は思った。

同じようなマンションが周りにたくさんあった。その部屋,ひとつひとつに,それぞれの生活があることを思ったとき,ふと彼女は,友のことを考えた。

友も似たような壁に直面していることを思った。そしてそのような人が他にもたくさんいるであろうことを思った。

友は,同じ景色をみたとき,どう思うだろう,何を感じるだろう,と彼女は思った。友は夕焼け空を美しいと感じる余裕も,風を感じる余裕もないのかもしれないと思った。

壁の向こう側には夢の世界があるわけではなく,壁を超えても同じかもしれないと彼女は思った。

それでも,同じような壁に直面している者は私だけではない,そう思うだけで,生きていてもいいかなと,彼女はそう思った。

彼女はマンションからおり,帰途についた。彼女を待っているのは現実の生活であり日常であり,それは一昨日も昨日もずっと前から変わらないもので,明日になっても明後日になってもずっと変わらないような気がした。

それでも,夕焼け空が美しかった,風が優しかった,それだけでいい,と彼女は思った。

友がふわふわのスカートをはいて,ふわふわのパーマをかけて,ふんわりとした笑顔で笑っているのを彼女は妄想した。スカートが風に揺れ,パーマヘアが風に揺れ,きっと美しいであろう。スカートからちらりと見える彼女の脚はどれほど美しいだろう。

友と一緒に,ふわふわ,ふわふわと,風に乗ってとぶんだ。そして風に乗って着いた先で,一緒にビールを飲んで乾杯しよう。

気が付くと自宅の玄関だった。玄関をあけると散らかった洗濯物と誰も洗っていない使用済みの食器が山積みだった。でもさっきの妄想で彼女は少し力づけられた気がした。さて,片付けるか。

*なんとなく小説っぽく書いてみましたが,フィクションです。